教会の歴史
歴史的背景
当教会の精神的源流は明治におけるプロテスタントの三大バンドの一つ、「熊本バンド」(1871-1876年:明治4〜9年)にさかのぼり、同志社大学創立者新島襄(1843-90)の陶薫を受けた日本組合教会(1989年:明治19年創設)の流れに属しております。組合教会とは宗教改革者ジャン・カルヴァンの改革の精神の流れに立つもので、1620年アメリカに上陸したピルグリム・
ファザースの教派です。日本組合教会(The Congregational Church)はその後、1941年(昭和16年)に日本キリスト教団(The United Church of Christ in Japan)に合同して今日に至っております。我が国最大のプロテスタント教派です。世界基督教統一神霊教会(統一原理)、ものみの塔(エホバの証人)、モルモン教などとは一切関係ありません。
大森めぐみ教会の特徴
大森めぐみ教会は1927年(昭和2年)12月4日、故岩村清四郎牧師(1978年永眠)が現在の大田区中央7丁目、もとの新井宿6丁目に創立いたしました。その半年前にめぐみ幼稚園を創立し、戦前は「めぐみ教会」と称していました。その名前のいわれは、創立直前に岩村清四郎牧師の長男恵一が天に召されたことにあります。彼はこれを天の召しと受け取って「めぐみ教会」と称しました。戦後(1947年:昭和22年)に東大森教会と合同したので「大森めぐみ教会」と改称したのです。
岩村清四郎牧師はさらに1939年(昭和14年)4月、めぐみ高等女学校を創立しその敷地のために現在地、池上1丁目の土地を購入していたのですが、1945年(昭和20年)5月の東京大空襲によって戦前の教会も幼稚園も女学園も焼失し、直ちに現在地、池上1丁目に移って来て今日に及んでいます。
1956年(昭和31年)に岩村信二が二代目主任担任牧師になりましたが、親子にわたって72年間にわたって牧会を行ってきたというのは、我が国では珍しいケースです。牧師のほかに伝道師・副牧師が現在までに29名奉仕してきました。
2000年(平成12年)4月に三代目牧師(主任担任教師)として、土戸清牧師が招聘され主任牧師として宣教と牧会を担っています。
現在は、土戸清主任担任教師、岩村信二名誉牧師、シュー・ポール協力牧師の3名が教会の宣教と牧会の務め(ミニストリー)を担っています。
礼拝を中心に礼拝説教と聖餐式を中心に教会形成がなされ、さらに教会学校と教会内各部各会が活発な聖書の学びと奉仕活動と信徒の交わりを展開し、教会の歴史に新しい頁を加えています。200年4月から2005年3月までの5年間に中高生から高齢者まで45名の求道者がバプテスマ(洗礼)を受け、新しく教会員(クリスチャン)となりました。現住陪餐教会員数は315名です。
めぐみの丘
大森めぐみ教会は、大田区池上本門寺山に隣接する東南向けの丘(スロープ)の上にあり、敷地の広さは2000坪、東京都内では一番広い教会敷地です。常時緑に包まれ、噴水のある池、樹齢60年の桜や泰山木、くるみの木などがいっぱい茂っています。現在の教会堂は1967年(昭和42年)に建てられ、スイス、アルプスの教会のような礼拝堂とわが国最初のアルザス地方のオルガン(18ストップ)が備えてあります。
当地由来: 邸内には三代将軍、徳川家光お手植えの梅(樹齢約380年)があり、五代将軍綱吉の時の昌平坂学問所の学頭木下順庵(1621-98)が隠居地として住んでおり、今でも教会の門の傍らに「木下順庵先生墓跡」という石碑が建っています。また、明治の初めに「あけぼの楼」という有名な料亭が建てられ、日露戦争の国家的勝利の祝宴が開かれたと言われています。
めぐみ幼稚園は、教会附属幼稚園として教会の創設と同時にスタートし、私立幼稚園としては大田区最古の歴史と伝統を有し、名門幼稚園として地域社会に大きく貢献してきました(めぐみ幼稚園のホームページ参照)。